価値を生み出せない自分
高校まで無気力で、何も続けてこなかった私は、当然「得意なこと」なんて一つもなかった。
大学に入り、「限界集落」という日本の課題に触れるなかで、ようやく社会や経済に対して関心を抱くようになった。
ただこれまで何もしてこなかった私には「価値あるものを生み出す」ことなんて、想像もできなくて、劣等感ばかりが募っていった。
そんな私が新卒で入社したのは、某飲食チェーン店。
そこで私は、自分のような人間でも再現性高く、価値を生み出す方法があることを知った。
マニュアルに出会ったときの感動
それが「マニュアル」だった。
経験知を集結させて作られたマニュアルを守れば、私でも顧客の求める価値を安定して提供できる。
当時は、そんな仕組みに深く感動したのを覚えている。
休憩時間にはずっとマニュアルを見ていた。
お客様に直接関わらない掃除や片付けこそ、動線や回数を意識していかに効率的に行うかを考えた。
私がマニュアルに感動したのは、その裏に作った人の哲学や理想があったからだと思う。
「こんな価値を届けたいから、こうする」
「お客様の求める価値を、最短距離で再現する」
そんな思考で組まれたマニュアルは、お客様にとっても従業員にとってもウィンウィンな仕組みだと思った。
簿記との共通点に気づく
ここで気づいたのが、「マニュアル」と「簿記」との共通点だ。
簿記も、ルールに従って処理すれば、誰がやっても経済活動を数字で表現できる。
しかも、そこにも「哲学」の入り込む余地がある。
たとえば「標準原価計算」。
人の期待と現実のズレが「差異」として表れる仕組みは、本当に面白い。
例えば「マニュアル通りにやれば必ずおいしくなる」はずの料理が、何らかの理由で品質が下がってしまう。
その多くは忙しさなどで、マニュアルが守られていないことが原因だ。
つまり「熟練度」などの曖昧な理由ではなく、たいていはすぐに具体的な方法で対処や対策が可能な原因だ。
簿記でいうなら、「消費量差異」や「価格差異」など、原因にはもう名前がついている。
人生単位で理想と現実のギャップを分析するのは難しいけれど、簿記の問題集ではそれをパズルゲームのように楽しめる。
こんなに面白い学びは、他にそうないと私は思う。